祖父が亡くなり、遺品を整理していた時のことです。書斎の片隅に、ずっしりと重い、年代物のダイヤル式金庫が置かれているのを見つけました。父も母も、その金庫の存在は知っていましたが、ダイヤル番号はもちろん、中に何が入っているのかも全く知りませんでした。祖父は生前、自分のことはあまり語らない、寡黙な人でした。「もしかしたら、遺言書や、大切な財産が入っているかもしれない」家族の期待は膨らみましたが、肝心の金庫は、ダイヤルをどう回しても固く口を閉ざしたままです。私たちは、まず心当たりのある数字を試すことから始めました。祖父の誕生日、結婚記念日、家の昔の電話番号。しかし、何十通り試しても、扉が開く気配はありません。途方に暮れた私たちは、インターネットで金庫の開け方を調べ、自力での開錠を試みようとしましたが、その複雑な手順と専門的な知識が必要なことを知り、すぐに断念しました。このままでは、祖父が遺した大切な何かを、永遠に目にすることができないかもしれない。そう思った父は、ついにプロの力を借りることを決意し、金庫の鍵開けを専門とする業者に連絡しました。翌日、やってきたのは、いかにも経験豊富といった風貌の錠前師の方でした。彼は金庫を見るなり、「これは昭和の良い金庫ですね。手強いですよ」と一言。そして、聴診器のような道具を取り出し、金庫の扉に耳を当て、静かにダイヤルを回し始めました。部屋には、カチ、カチ…という、ダイヤルの微かな音だけが響きます。私たちは、息を飲んでその神業のような手つきを見守っていました。時間にして三十分ほどだったでしょうか。錠前師が「はい、開きます」と静かに告げ、レバーを引くと、重厚な金属音とともに、長年閉ざされていた扉がゆっくりと開いたのです。息を飲んで中を覗き込むと、そこには、私たちが期待していたような財産はありませんでした。入っていたのは、一枚の色褪せた写真と、数冊の古いアルバム。写真は、若い頃の祖父と祖母が、満面の笑みで写っているものでした。アルバムには、私たちの知らない、父がまだ小さかった頃の家族の思い出が、ぎっしりと詰まっていました。それは、お金では決して買えない、祖父が生涯をかけて守ってきた、家族の歴史という名の宝物でした。プロに頼んでまでこの金庫を開けて、本当に良かった。家族全員が、心からそう思った瞬間でした。
祖父の遺品、ダイヤル式金庫が開かなかった話