今やほとんどの車に標準装備されているイモビライザーですが、その歴史は意外と古く、そして自動車盗難の手口との、終わりのない「いたちごっこ」の歴史でもありました。イモビライザーが初めて実用化されたのは、1990年代半ばのヨーロッパでした。当時、ヨーロッパではプロの窃盗団による自動車盗難が深刻な社会問題となっており、従来の物理的な鍵だけでは、もはや愛車を守りきれない状況でした。そこで、メルセデス・ベンツやBMWといった高級車メーカーが、電子的な認証システムであるイモビライザーを先駆けて導入したのです。初期のイモビライザーは、比較的シンプルな固定コード方式でした。鍵と車のIDコードは常に同じで、それを照合するだけの仕組みです。これでも、単純な鍵の複製による盗難は防げましたが、窃盗団もすぐに新たな手口を編み出します。彼らは、正規の鍵からIDコードを読み取ってコピーする「クローニング」という技術を開発し、電子の壁を破り始めました。この手口に対抗するため、自動車メーカーはイモビライザーの仕組みをさらに進化させます。それが「ローリングコード(またはホッピングコード)」方式の導入です。これは、エンジンを始動するたびに、鍵と車のIDコードが、特定のアルゴリズムに基づいて毎回新しいコードに自動的に変更されるという仕組みです。一度使ったコードは二度と使えないため、たとえ通信を傍受してコードをコピーしたとしても、次のエンジン始動時には無効となってしまいます。このローリングコードの登場により、イモビライザーのセキュリティは飛躍的に向上しました。そして、2000年代に入ると、イモビライザーは高級車だけでなく、大衆車にも急速に普及していきます。日本では、国土交通省が盗難防止対策としてイモビライザーの装着を推進したこともあり、その普及率は世界でもトップクラスとなりました。さらに現代では、スマートキーシステムと統合され、より高度な暗号化技術が用いられています。しかし、窃盗団も「リレーアタック」や「CANインベーダー」といった、車両の電子システムそのものを攻撃する新たな手口を開発しており、メーカーと窃盗団の技術的な攻防は、今もなお続いているのです。
イモビライザーの歴史と進化